野晒について what is Nozarashi
骸骨好きを自称するわたしも、本物の骸骨は博物館でしか見たことがありません。
日本では、通夜がすむと、遺体は火葬場で荼毘にふされます。 祖母を火葬にしたときは、わたしも骨を拾いましたが、骨はみんなかけらになってほとんど形をとどめていませんでした。
日本ではじめて火葬が行われたのは、西暦700年だそうです。火葬はインドから伝わった風習です。 その後、江戸時代くらいのひとはまだ、野に晒された骸骨を目にしたでしょう。 人の死んで朽ちていく姿も、間近に見ることもあったかもしれません。 日本でも、死は人目に触れる身近なところにありました。
腐敗し、白骨化し、草や砂にまみれた骸骨を見て、人は好むと好まざるとにかかわらず、死を納得し、受け入れたのでした。 多くの歌人や画家がその思いを書画にして残しました。 その象徴が野にさらされた骸骨、「野晒し(のざらし)」です。また、風雨にさらされた頭蓋骨を「曝れ頭(されこうべ/シャレコウベ)」や「髑髏(どくろ/ドクロ)」と呼びました。
「野晒し」は、日本で古くから好まれてきた書画の主題です。
死を身近に観じるために、身の回りに骸骨を、と集めはじめた様々な物たち。もう随分な数になります。 現代では、骸骨は縁起の悪いモチーフとされてきましたが、これらの物がみな、何人もの人の手を経て商品になり、わたしのところへ来たと思うと、とても不思議な気持ちです。

花の時/迷ひしもこの/枯野かな
野晒の扇面 "Nozarashi fan", Edo Period.
江戸時代「八万四千煩悩主人図」豪潮寛海(1749-1835)
source: 佐賀大学付属図書館 貴重書コレクション

野晒のスカジャン(横須賀ジャンパー) Nozarashi souvenir jacket
source: USAカジュアルウエアーSCRIPT
ガイコツに象徴される無常観
わたしが初めて手に入れたガイコツグッズは、ポサーダのTシャツで、名古屋市美術館のアートグッズでした。
楽しそうに自転車に乗る骸骨たち…、ポサーダの骸骨の滑稽ぶりと生き生き?したようすに、すっかり魅了されました。ポサーダは南米の風刺画家です。南米には、「死者の祭り」という祭りがあり、様々な造形の骸骨の人形がパレードしたり、祭壇に砂糖でできた骸骨を供えます。死者と死を祀る、賑やかな行事です。
西欧では、戦争やペストの流行で多くの人が亡くなり、葬儀や埋葬が追いつかないほどだった時代に、早かれ遅かれいずれ訪れる死に備えるよう、「死を想え(メメント・モリ)」ということが説かれました。しかし、死への恐怖と生への執着に憑かれた人々は、自然発生的に半狂乱になって倒れるまで踊り続け、この集団ヒステリーの様相は「死の舞踏」と呼ばれるようになりました。
この「死の舞踏(ダンスマカブル)」という主題に基づく西欧の絵画では、皇帝、君主、教皇、修道僧、若者、美少女が骸骨で描かれます。人は、生前は異なる身分に属しそれぞれの人生を生きていても、死は、身分や貧富に関わりなくすべてのひとに訪れる、という死生観です。
日本では、古くから、地獄絵などに骸骨が描かれました。安楽寺「小野小町九相図」は、絶世の美女であり才女と謳われた小野小町をモデルに、華やいだ生活を過ごした絶世の美女が、死を迎え、屍相(しそう)が変化し、やがて骨だけになって、土に帰る姿を描いたもので、人の世の儚(はかな)さや無常観(むじょうかん)を絵解きする目的で作成されました。
ポサーダの骸骨のような滑稽画を描いた日本人に、一休宗純がいます。一休は、「一休骸骨」に、木立の下にまどろむ骸骨、添い寝する骸骨、歌や踊りに興じる骸骨を描きました。また、「いずれの時か夢のうちにあらざる、いずれの人か骸骨にあらざるべし」と、元旦に骸骨を振りかざして街中を練り歩きました。
生きている人のように振舞う骸骨は、人々に世の無常=人生のはかなさを説きます。また、世界各地に伝えられる「愉快に踊り騒ぐ骸骨」の寓話は、どんな苦しみも死によって解き放たれることを教えてくれます。そのときまで、この仮の世界に精一杯生きる。人生のはかなさを知るということは、人生の不思議さ、素晴らしさを知ることにほかなりません。

ガイコツたちの珍走
ホセ=ガダルーペ=ポサーダ 版画
Jose Guadalupe Posada "bicycle riders"

身分の高い者のところへ訪れた死
ハンス=ホルバイン「死の舞踏」木版画
Hans Holbein "The Dance of Death", wood print.
source: 死の舞踏(美術)Wikipedia

なきあとの/かたみに石が/なるならば/五りんのだいに/ちゃうずきれかし
一休宗純「一休骸骨」
A skeleton man is dancing. He is proud of his valuable stone grinder in spite of he has already died.
(Soujun Ikkyu "Ikkyu Skeleton", Muromachi period.)
source: 鳴き砂 粉体工学:一休骸骨
いつかはともにシャレコウベ
人それぞれいろんな生き方があるように、いろんな死に方がありますが、老いること、死ぬことは誰もが体験します。また、人はそれぞれ違う顔や身体をもちますが、死んで自然に帰るときはみな白骨になります。
同じ人間同志、最期は似たようなものなのだから、争うことや競い合うことは虚しいことだ、という考えを、たくさんの人が作品や書に表してきました。
いつの時代にも、人は他者との競争や格差に悩み、いつか訪れる死を思うことで、平和を願い、自らをなぐさめてきました。

喧嘩しないで/くらそじゃないか/すゑはたかいに/この寿かた
伊達政宗遺訓
Don't quarrel my honey, in the end, both of us become such a skeleton.
(Date Masamune's Last Instructions, Sengoku period.)
source: 伊達政宗公遺訓 松島博物館所蔵 (画像は複製をもとに作成)
reference: 死の舞踏(美術)Wikipedia、 安楽寺ホームページ、 松岡正剛の千夜千冊『狂雲集』一休宗純、 松島博物館案内
